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母へのこと

母が逝きました。90歳でした。
大往生と言われましたが、前日まで元気に話をしてたので、
その死は、僕自身、中々理解出来ませんでした。

2週間前のことでした。
「一緒の方がいいだろう」と、葬儀は18年前の父と同じお寺で
行ないました。菩提寺は佐賀です。
バタバタと特急電車のような一週間でした。

母は、三枝子と言います。
母、三枝子の性格を単語で言うと、明るく、元気、にぎやか、
大声で笑う、前向き。それから、おシャレでした。
着物に詳しく、母は「菜」の着物の描き方の指導係でした。

病室にいた時、お見舞いの手土産は、季節の花と、「きもの」や
「ファッション」の雑誌でした。
お見舞に行くと、先ず母は、僕の服のチェック。
『いい色のセーターだネ』『やわらかなジャケットだネ』等々。
でも一度、母は僕の服装を見て嘆きました。
『なんて、かっこうしてるの、親の私が恥ずかしい!』
僕が、これが今のおシャレなんだよ、と言っても、とうとう理解して
くれなかったのが ── ダメージ(穴のあいた)Gパンでした。
そんなひとつ笑い話も、今では、なつかしい思い出になりました。

母は、僕の絵の厳しい批評家でした。
でも、僕の絵が大好きなひとでした。

残念なのは、「北のライオン」の単行本(第一巻)が出る3日前に
亡くなったことです。

母は楽しみにしてました。
特に母が好きなのは、「vol.13」のシュシュシュッのおじさんです。

父は学生時代、グリークラブとダンス部で活躍してました。
確か、僕が小学3年生の誕生日の時、父は最初で最後のバリトンを
聴かせてくれました。そして、興に乗って、母とタンゴを踊ったのです。
P53のシュシュシュッのおじさんが、母の中で父とだぶったのでしょう。

2週間前までは、母に会ってなくても、日本のどこかに生きていました。
しかし今は、地球の反対側の国に捜しに行っても、いません。

落ち着いたら、母への詫び状でも書こうと思います。
苦労ばかりかけましたから。


2011 2/1 わたせせいぞう

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